“大井の雄”ハイセイコーと戸崎騎手のすれ違い

Posted under 南関競馬トピックス by tijaebzjderkbxw on 土曜日 2 3月 2013 at 6:18 PM

今夜の晩御飯は何にしようかと思っているのですが・・・。チャーハンは先日食べたばかりだし。私には晩御飯はけっこう重要事項です。栄養の配分をきちんと管理しないと脳がうまいぐあいに働かないからです。

若干簡単な内容のところに入ったおかげで、競馬の勉強がさくさくと終わりました。ページを読み進めていくとあれこれ新しいことが出て気合が入ってくるんですよ。競馬の学習に必要なのは素質よりも勉強すること自体をおもしろいことだと思えるかどうかなんだろうなと今一度思ったりしました。どのようなことであってもやる気が大事であると思いました。

さてさて、残されたものを完了させてしまおうと思います。少しお酒を飲むと体調がよくなります。身も心もリフレッシュして明日も今日以上に競馬の勉強に頑張ろうと思います。

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1973年の弥生賞からハイセイコーの伝説は開始された 【馬じぃの継続は非力なり】新米ジョッキーがデビューする3月、今年の目玉は大井からJRAに転籍した地方No.1の戸崎圭太騎手だが、どこかのインタビューで、こんな感想を語っていた。
 「大井から、かつてハイセイコーという馬が中央入りして人気、実力ともズバ抜けていたそうだ。自分も騎手のハイセイコーを目指す」
 その意気や壮だが、ちょっとひっかかったのは、戸崎程の大井のトップ騎手が、ハイセイコーを善く知らなかったらしいということだ。だが、改めて考えを巡らせてみれば戸崎が生稀た1980年は、ハイセイコーが現役を引退した6年後だ。う~ん、やはり昭和は遠くなりにけりで在る。
 でも、馬じぃは弥生賞がくると、「大井からきた凄い奴、これが噂のハイセイコー」-という文句を思い出さずにはいられナイ。本紙が他紙にさきがけてハイセイコーの中央入り、初戦が弥生賞ということを紹介した1ぺージぶち抜きの大見出し。ただ、大井で6戦無敗とはいえ、まだ芝のレースは一度も走っていナイ馬を、そんなに持ち上げて大丈ご主人かという冷やかしもあったが、まあ、結果を見てくれと強気一辺倒だった。
 その後のハイセイコー物語は書きつくされているので省略するが、たったひとつ強調したいのは、戦前からこれまで29頭しか選ばれていナイJRAの顕彰馬として殿堂入りしていること。GIは皐月賞と宝塚記念の2勝だけの馬が選ばれたのは異例で、それだけJRAもハイセイコーが掘り起こした競馬人気への貢献度を重く受け止めたということだ。
 さて、その「騎手のハイセイコーを目指す」という戸崎騎手が、奇しくもデビュー週のメーン弥生賞に(11)サトノネプチューンで参戦してくる。2戦無敗、前走が同じ中山2000メートルというところに魅力は在るが、このメンバーに交じってはとあまり強気には。やはり実績と血の重みでエピファネイアとコディーノは外せず、今年は堅いとふんだ。で、ふだんはあまり手を出さナイ3連単の3着ねらいで。もう1頭、2着専門でシンザン記念でねらって成功した(7)ヘミングウェイも少々。
 ■品川達ご主人(しながわ・たつお) 昭和44(1969)年、夕刊フジ創刊と同時に競馬欄を手掛け、デスク兼記者・予想家として約20年間紙面を汚す。その後、別のジャンルで新聞記者を務めながら競馬は続け、気がつけば「馬じぃ」に。
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JRA移籍の戸崎騎手、先輩・内田騎手インタビュー/美浦トレセンニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130301-00000001-kiba-horse

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